かの魯山人に縁!?
  
登り窯が
天理・長滝にあった!

 天理市内の“なぜ?”や“どうして?”に果敢に迫る、「ゆーめ探偵団」。今回は“おぉっ!”に迫った。特集「東山中−」企画のリサーチ中に発見した魅力のポイント。さっそくお訪ねした。取材:K.S.

《肩書き・役職・学校学年等一切の表記は、掲載時のものです》(1996年秋の号掲載)
東山中に山の辺窯を探る

 焼き物といえば、信楽、美濃、備前、有田……。どっこいご当地「天理」にも、なんと登り窯(のぼりがま=山の傾斜に沿って階段状に作られた陶器を焼く窯)があった。しかも、「知る人ぞ知る」がごとく、ひっそりとたたずむ。その名も「山の辺窯」。名前も柔らかく、まさに地元風。イイネ−。そして、聞けば聞くほど、面白い話がいっぱい。確かに、他所で有名なんだ。天理に育った窯と若手陶芸作家の話。始まりはじまり〜。Kouji


魯山人の窯で修行

 ここ、「山の辺窯」(天理市長滝町)は、国道25号線を東の山に進み、ちょっと左に折れた山の中にある。表示や目印もないので、初めて訪れる人には、ちと分からない。山肌に沿って窯が並び、その手前には素敵な工房がある。
 主の大西醍(おおにし・だい)さん(42歳)は地元・長滝の出身。天理高校を卒業後、東京でデザイン関係の仕事に就いていたが、昭和51年、仕事で滋賀県信楽町を訪れ、焼き物と出会った。展示や窯の様子を見て、その素晴らしさに取りつかれたという。「一から十まで一人きりの仕事。自分の性にあっているんではと思った。
 翌年2月、同町の「土の子窯」に入り、小森松庵という大家に焼き物を学んだ。
 2年間の修行の後、鎌倉の窯へ。ここは、かの北大路魯山人(きたおおじ・ろさんじん=美食家・陶芸家として名を馳せた粋人。マンガ「美味しんぼ」のモデル)が築かせた窯。ここで、信楽とは違った新たな技法に挑戦した。

炎と格闘 60時間余

「いずれは自分の窯を持ちたかったので、そろそろ自分でやってみようかと思って」、55年に帰郷。2年間はガス釜で焼いていたが、57年にかつて田んぼであっ た地所に窯を築き、現在に至っている。
  陶器を焼く仕事には、丹念な仕込みや準備が必要だ。土は信楽から取り寄せたものが7割、

闇に炎を吹き上げる登り窯。 中は1,200度の高温。3日間の炎の洗礼を受けて、焼き物は生まれてくる。土と人の技、そして炎の産物。
★写真は昨年の火入れの模様
(山の辺窯提供)

地元・天理の山中のものが3割。「この辺の土は鉄分が多く、焼き込めば黒の味わいが出る」とのこと。
 調合した土は、ロクロで形を整え、約700度のガス窯で約10時間素焼きし、1週間から4週間の乾燥。さらに釉薬や染料をつけて、乾燥させ、次にようやく登り窯へ。
 この登り窯に火を入れるのは年に1度、約3日間だけ。今年の火入れが9月13日に迫っていた。(取材は9月6日)大西さんは、ちょうど窯に作品を並べる日々。窯に入れるのは大小約800点。釉薬の塗りや材質、大きさなどを考慮に入れながら、火に近い所、遠い所と丁寧に並べる。根気の要る作業。
 窯には松の木のマキをくべ、約1,250度で50時間、さらに一段上の“二の間”で6時間、“三の間”で4時間。その間、温度を一定に保つため、交替で寝ずの番。火を落として、およそ1週間寝かす(=冷やす)。ようやく作品の完成。

名門・帝国ホテルにも
火入れを前に、窯に作品を並べる。カンと根気の作業だ

 窯に入れた約800点のうち、個展や展覧会に出せる作品として納得いくものは、多分3割前後だろうと言う。「初めての火入れの時は、温度の調節が分からず失敗ばかり。窯の中で『ドーン、ドーン』という作品の壊れる音がしてました」。今でも、“あの作品をもう少し焼き込みたい”と欲張るあまり、他の作品を焼き過ぎてしまうこともある。
 大西さんの焼く陶器には、白い艶の映える「粉引き」、黒い光沢が意外と素朴な「黒織部」、さまざまな風合いの「彩色土」などがある。いずれも登り窯で焼いたものだが「まったりとして、色にも深みと味わいがある」と言う。「ガス窯のものは、どうしても薄っぺらで」とも。うーム。さんざん眺めても我々、素人には、分からん!
 ここ、山の辺窯で作られた大西さんの作品は、奈良市内の陶芸店やギャラリーのほか、東京・帝国ホテルのギャラリーにも並んでいるという(すごい!)。また、隔年で春・夏と、横浜と大阪の高島屋で個展を。次回は来春、横浜で。
 また、現在30数人がここの陶芸教室で学んでいる。遠く京都、大阪と市外からが多い。「でも、今はこれ以上の生徒はとれない」このこと。11月には奈良県女性センターで生徒の作品展が開催される。


大西さんの滑らかに舞う手の平の中で、土の魂がみるみるうちに大きな器の形となった(長滝町−山の辺窯)

 窯元というと、“髭面のいかめしいおっさん”“頑固そうなじいさん”というイメージがあったが、大西さんは実に若々しく、さわやか。撮影のためにロクロを回してもらったが、フェンダーの中に見る大西さんの掌は、土を味わい、インタビューの時とはまったく違う“職人”の顔と手になっていた。
 大西さんの作品は、庶民にはちょっと手が出ない値段だが、チャンスがあれば、天理の新たな側面を見つけに、窯元や個展を訪ねてみてはどうだろう。
 但しいきなりの訪問はご法度。陶芸教室の指導などで飛び回って忙しい人。電話で申し入れをし、承諾を得てからにして欲しい。くれぐれもよろしく。by kei

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