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今回は、「商売繁盛、笹持ってコイ」のあのエベッサンの話。ちゃんと聞いてや。
奈良から長谷に通じる旧街道。知ってるかい? 天理駅前を南北に走る通りの南端の三叉路交差点と、市役所前の交差点との間に、信号があるよね。あの信号を南北に貫く(つまりR25と交差する)道が、古くは「上街道」と呼ばれていた道。その道沿いに(つまり、先ほどの信号を南に進んでいくと)市座神社がある。「いちにいます」と読む。
場所は丹波市町の中央。丹波市郵便局の道向い。正月に恵比寿さんの行列があるので、ご存知の方も多いだろうか。
いつからあるのか分からないけれど、丹波市の町とともに発展してきた。その丹波市は、なんと平安時代に「丹波庄」の名があり、室町時代には「丹波市」の記録がでてくる。
江戸時代に、長谷(現・桜井市初瀬町)や伊勢に通じる道として上街道の往来が激しくなってくると、人々が街道筋沿いに移り住み、市場が開かれるようになった。
その町の氏神として祀られていたのが妙見菩薩 (みょうけんぼさつ)。国土擁護、災害減除、人に福を招く菩薩で、市座神社にはこの妙見社と、市の守り神としての蛭子(恵比寿)社がある。境内には文化・文政・安政(1804〜1859)の年号が刻まれた石灯籠が14基もあり、江戸時代のにぎわいが感じ取られる。
今も「丹波市」の名にふさわしく、市場の守護神として、商売繁盛が願われている。
昔日の面影を伝える町並みにある市座神社。散策のついでに立ち寄ってみては…。
【写真】市座神社のあたりには、ゆったりとし た空気が流れている(丹波市町)
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