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石上神宮から「山辺の道」を南に、約800メートル歩くと「内山永久寺跡」がある。今は、道沿いに「本堂池」と呼ばれる池の一部が残っているだけ。池のほとりには桜の樹が並び、春は花を愛でる人々の姿も見られる。だが秋は、通り過ぎるハイカーだけ。ここにその昔、大寺があったとは、とても思えない。往時は25万平方メートルという広い敷地に、多くの伽藍が立ち並んでいたという。寺領も千石に及んだとか。
ここは周囲が山地なので内山、永久年間(1113〜1117年)に鳥羽天皇の勅願で開かれたから永久寺と名付けられた。1336年、後醍醐天皇が京都から吉野へ逃れる途中、一時身を寄せた寺だと言い伝えられている。
最盛期には、境内に70余の建物があったといわれる。江戸時代の大和観光マップ的な『大和名所図絵』にも、大和青垣を背景にしたその壮大な境内図が描かれ、西の薬師寺や法隆寺などとも 比される大和の一大寺としての栄華を誇っていた。
そのおかげで、山を下ったところにある丹波市辺りは、大変にぎわっていたそうだ。
真言宗を奉じていたが、明治維新の廃仏棄釈で廃寺に。さらに明治18年の大火で焼失した。今はまさに、夢の跡。by政
【写真】池の面に、歴史の変転を思うもいい
(内山永久寺跡)
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