(1994年秋の号掲載)
 

大和名所図会 石上神宮から「山辺の道」を南に、約800メートル歩くと「内山永久寺跡」がある。今は、道沿いに「本堂池」と呼ばれる池の一部が残っているだけ。池のほとりには桜の樹が並び、春は花を愛でる人々の姿も見られる。だが秋は、通り過ぎるハイカーだけ。ここにその昔、大寺があったとは、とても思えない。往時は25万平方メートルという広い敷地に、多くの伽藍が立ち並んでいたという。寺領も千石に及んだとか。
 ここは周囲が山地なので内山、永久年間(1113〜1117年)に鳥羽天皇の勅願で開かれたから永久寺と名付けられた。1336年、後醍醐天皇が京都から吉野へ逃れる途中、一時身を寄せた寺だと言い伝えられている。
 最盛期
には、境内に70余の建物があったといわれる。江戸時代の大和観光マップ的な『大和名所図絵』にも、大和青垣を背景にしたその壮大な境内図が描かれ、西の薬師寺や法隆寺などとも内山永久寺跡比される大和の一大寺としての栄華を誇っていた。
 そのおかげで、山を下ったところにある丹波市辺りは、大変にぎわっていたそうだ。
 真言宗を奉じていたが、明治維新の廃仏棄釈で廃寺に。さ
らに明治18年の大火で焼失した。今はまさに、夢の跡。by政

写真】池の面に、歴史の変転を思うもいい
(内山永久寺跡)

 
 
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