市内を車で走りぬけた奈良の大学生が「屋根を瓦でふいた巨大なビルが林立し、“城砦都市”のようだ」とインターネット上に書いていた。天理教関連の和風(?)の建築群は、巨大な神殿と併せて建築の専門家も興味をそそられるらしい。
 ほんの百数十年前まで、この辺りは大和の小さな村と、街道筋の町(現丹波市)、そして小さな城下町(柳本)だったという。戸数にして、ほんの数百といったところか。
 ところが、明治中期以後に目覚しく発展。その足取りは、この地に生まれた天理教が国内外に爆発的に伸び広がった歴史とピタリと重なり合う。
 
世界中の天理教信者は、ここを“人類のふるさと”と慕い、年間100万人がこの町に“帰ってくる”ため。道路や鉄道が、同じような規模の地方都市と比べても格段に整備されているのも、天理教あればこそ。こうした影響は、良くも悪しくも町の隅々にまで及び、この街独特の“顔”を作り出している。


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