天理教とは

 天理教の教えは、創造神が人間世界を創られるに際して理想とされた、全人類が兄弟姉妹としてたすけあい、病を知らず、悩み苦しむことのない“陽気ぐらし”世界を実現することが、その根本です。
  今日、天理教の信者は世界各国に及び、その数300万人を数えるといわれます。
  天理市にある本部神殿の中央の地点「ぢば」は、人類創造の地であり、ここに参拝することを「おぢば帰り」といいます。親なる神と、その教えを伝え広めた教祖を慕って“帰って来る”信者たちのために、市内には百数十に及ぶ宿泊施設(母屋、詰所)が建ち並び、近代建築でありながら、入母屋造・瓦葺という独特のスタイルで威容を見せています。
 年十数回の祭典には全国から信者が帰り集い、人口7万余の市内は、その何倍もの人々によって非常な賑わいを呈します。
  写真は、天理教本部神苑を南の上空から撮影。手前が南礼拝場、その左右が西・東の礼拝場で、中央が神殿と北礼拝場。中庭を隔てて奥に見える緑色の屋根は、教祖殿――(写真は
『天理市観光ガイド』より)

 

 始まりは


 天理教教会本部の教祖殿。毎日大勢の参拝者が訪れる

 創始は天保9年(1838年)10月26日。大和国山辺郡庄屋敷村(現・天理市三島町 天理教教会本部の所在地)で、中山みき教祖の口を通 して親神様(天理王命)がその教えを説かれたのが始まりといわれています。
 みきは、寛政10年(1798)4月18日、同郡三昧田村(現・天理市三昧田町)の前川家の長女として生まれ、文化7年(1810)に中山家に嫁ぎました。美しい心と善行で人々から敬愛されていた彼女が、神の啓示を受けたのは41才のときでした。
 以来、明治20年2月18日(陰暦1月26日)までの約50年間、神の教えを説き、不思議な救済を行ったのです。


 宗教都市

 市内には、天理教教会本部と関連のさまざまな施設、幼稚園から大学、各種学校など15の教育機関、野球場やラグビー、ホッケーといった競技施設のほか、内外の民俗・考古・美術資料の収集で知られる「天理参考館」、国宝・重要文化財を含む百数十万の蔵書で世界的に知られる「天理図書館」など、天理教関連の見所も多くあります。
 写真は「おやさとやかた」という建物で、上の写真にある神殿から400mほどのところを、ぐるりと四方から囲むように建ち並んでいます。まだ計画の全ては完成していませんが、出来ている建物は天理大学や高校、小学校などの校舎、総合病院、上述の参考館など、さまざまな用途に使われています。


 綜合案内所
 天理駅から1km続く天理本通りアーケードを抜けると、そこが天理教本部神殿。年中無休、24時間開いていて、誰でも参ることができる。
  拝観料不要。教えや施設の概要などを知りたい人は、アーケードを抜けてすぐの左手、階段上にある「綜合案内所」へ。日中は開いている。

 ●詳しくは、天理教公式ホームページ


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