|
伝来 の宝剣―ななつさやのたち 長さ74.9cm 4世紀(古墳時代)。
―昭和28年(1953)国宝に指定。
石上神宮の神庫(ほくら)には数多くの神宝が眠りについているという。中でも重要なものがこれ。「刀」というより両方に刃の付いた「剣」で、左右に3本ずつ交互に枝のような剣がついているところから「七支刀」の名がある。文献によっては「しちしとう」と記すものもあるが、当の神宮発行のパンフレットには、わざわざ「ななつさやのたち」とルビが振ってあるから、こちらをとりたい。漢語読みより、和語の方が似合う気もするしね。
でも、明治以前は「六叉の鉾(ろくしゃのほこ)」とも呼ばれていた―「ろくさ」と記す文献もある。
剣の両面に、計61文字の金象嵌の銘文が刻まれているのが分かったのは、明治6年、菅政友宮司の偉業。鉄さびに埋もれていたこともあって、その文字の読み方を巡っては、以来さまざまな説が出されてきた。
昭和20年代になって、建築史家の福山俊男博士が7度にわたって実物調査を行った結果出された説がもっとも有力といわれている。
これによると、中国の東晋の太和4年(369年!)、百済王が倭王に献じた「七支刀」ではないかという。これにより、『日本書紀』や『古事記』の年代観の見直しや、4〜5世紀の日本と朝鮮半島との関係解明が進展したという。ただ、細部の読み方によって、百済から倭王に「献上された」「下賜された」「両者は対等」と、まったく違った解釈があるというから興味深い。
|