02.03.19.



 新宗教と巨大建築

五十嵐太郎 著


発行:講談社現代新書

2001年12月20日
第1刷発行


定価:本体680円+税

 初めて天理の街を走り抜けた人が、「城塞都市」と呼んだ。街の中心部に建つ天理教本部神殿を囲んで、周囲800mを、おやさとやかた(親里館)と名付けられた建物が立ち並んでいるから。まだ、一部しか完成していないけどね。

 そうした“天理の秘密”を知るには絶好の本が出た。天理を知らない人はもちろん、天理教の信者さん、あるいは天理の街に住んでいる人にも「へーっ」という発見があるに違いない。

なぜ前近代の宗教建築は賞賛され、近代以降の教殿はいかがわしいまなざしで見られるのか。天理、大本、金光、PLなどの建築と都市を直視する」と、表紙に記されている。

 そう言われればそう。建築だけでなく、年間のさまざまな宗教行事、教え……。仏教や外来のキリスト教はテレビニュースでも頻繁に報じられるのに、新宗教に関してマスコミは驚くほどに無知、いや偏見をもっていると思える。除夜の鐘、初詣、東大寺のお水取り、花祭り………クリスマス…。「既に文化になっているもの、つまり死んだ宗教はニュースになるんだ」と言った友がいた。そうかもしれないなぁ。

 著者は建築史・建築批評家。1967年パリ生まれ。東大工学部建築学科卒、同大学院修了。工学博士。日本女子大、明治学院大学、芝浦工業大学、早稲田大学芸術学校などで非常勤講師。
 この「パリ生まれ」というあたりから、本書を執筆できた自由で先入観にとらわれない姿勢は、もしかしたら、戦後日本の宗教抹殺勢力(マスコミ&日本教職員組合&進歩的知識人士)の影響を受けずに育ったせいかもしれないなどと、思ってしまった。

 いずれにしても、ようまぁ、ここまで調べたこと。天理教教祖の“母屋とりこぼち”から現代にいたるまでの、壮大な普請史(建築史)であり、普請を軸に親里(天理市中心部)という聖なる空間に込められた思想にも筆が及んでいる。実に面白い。

「あとがき」に著者は、次のように記している。一部をそのままに紹介したい。
「新宗教の空間を研究しているというと、恐くないですかと尋ねられることがある。宗教は恐いというイメージは根強いようだ。筆者にも偏見がなかったわけではない」
「直接的なきっかけは、(地下鉄サリン事件が起きたのと)同じ1995年に『10+1』という建築・都市の評論雑誌から、天理市を軸とした宗教都市論の原稿を依頼されたことだった。こうして現地で調べはじめ、驚いたのである。先ず、ここでは宗教が生きているということを実感した。海外なら珍しい経験ではないが、日本では冠婚葬祭の形骸化した儀式でしか宗教と関わる機会がない。だが、天理市では確かに宗教が生きている。そして興味深い建築と都市が形成され、十分な資料も蓄積されているのに、建築史からはまったくの死角になっていることに気づいた。いまや近代建築史の研究は非常に細分化されているのに、新宗教の建築は完全に抜け落ちている。ならば、自分でやってみようと思い、博士論文としてまとめるに至った」

 天理市に興味のある方に、是非一読を薦めたい。末尾に目次を転載しておく。
2章「天理教の建築と都市」
 2-1「世界の中心『ぢば』」三島由紀夫が描いた天理教…/2-2「大正普請」教祖殿の誕生…/
2-3「二代真柱・中山正善」教団の近代化/2-4「昭和普請」東西礼拝場と四方正面/2-5「祭典と都市」予言と計画…/2-6「おやさとやかた計画」天理市の誕生…/2-7「地方教会」地方の教会史/
2-8「分派したほんみちの建築」正統か?異端か?…

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