00.08.29.


 生還への飛行

東京大学工学部航空学科教授
加藤寛一郎 著

発行:講談社

1989年07月20日
第1刷発行


定価:1,500円
(古本屋で400円)

人が空を飛ぼうということ事態、まず間違っているのかもしれない。
だが、そこに挑み、実現した男たちを賞賛したい。
そして、地に墜ちたコンコルドを最後まで操った男たち。15年前の夏、傷ついたB747を懸命に操った男たちの御霊に、深い哀悼の意を捧げたい。

  いつか乗りたい。そう念じ続けてきた世界唯一の超音速旅客機、怪鳥コンコルドが墜ちた。ショックだった。製造はとうに打ち切られ、運行している機材はわずか。英仏の威信をかけた鳥たちは今、次々とその羽を地上で畳みつつある。ah! 

 原因は、よくあるバードストライク(鳥がエンジンに飛び込む)ではなく、何とバーストしたタイヤがエンジンに突き刺さったのだという。鳥でさえクラッシュしてしまうエンジンにそんな物が飛び込んだのでは、ひとたまりもない。炎を噴きながら、なお飛び続けようとしたコンコルドの映像に、ただ涙が噴出してきた。まだまだ、飛びたかったに違いない。

 だが、その危険性は、以前から指摘されていたのだと、後日の報道で知った。超音速で飛ぶ必要上、2基のエンジンが隣り合わせに装備されているコンコルドの構造では、災厄を避けることはできなかった。通常航空機は、一基が停止しても安全に離陸し、降りてこれる。だが、2基のエンジンがともにクラッシュしたら----、ただ墜ちるしかない。

 事故が発生した時、コンコルドは既に離陸すべき速度を超え(離陸を中止しても、安全には停止できない。滑走路が足りない!)ていた。やむなく舞い上がったパイロットは、だが最後まで、隣接する空港に着陸する希望を捨ててはいなかったという。その闘志に、強い心にただ敬服する。

 数日後、憂鬱な気分の朝。流しっぱなしにしていたテレビから、ボイスレコーダーの音声が飛び出してきた。15年前の夏、傷ついたジャンボを必死に操りつつ、最後までコントロールしようと格闘するコックピットの声。歳月が経ち、貴重な資料が廃棄されるのを恐れて、関係者があえて流したものだとのコメントが付されていた。

 そのあまりにリアルな音声! パイロットたちは、実を冷静に認識しつつ、しかしなお最後の最後まで望みを捨てず、闘いつづけていた。その崇高な態度に、こころ撃たれた。そして、最後は不気味な衝撃音、ノイズ----。幾百の魂の砕ける音。

 こんなテープが残っていたなんて----。その音声がもたらした衝撃に、数日間、PTSDのように、うわたしのこころは浮遊しつづけていた。そんな響きを聞くには、わたしの心はこの夏、疲れ過ぎていた。張り詰め、揺れ、自壊しかねないヤワな心には、刺激がきつ過ぎたんだと思う。

 本書を手にしたのは、癒しを求めたのかもしれない。

 筆者は、東大工学部航空学科卒。川崎重工、ボーイング社を経て東大工学部航空学科の教員に。著書に『航空力学入門』『ヘリコプタ入門』『飛行のはなし』『壊れた尾翼』などがある。

――この本は世界超一流の飛行機乗り32人に関する「燃える下心」で書いた報告である。私はかつて飛行機乗りになりたいと憧れていた。現在は大学で航空力学を講義する身だが、いまでも飛行機乗りは最高の男たちだと思っている。彼等には限りない羨望と、ものすごい劣等感をもっている。
――いま私はコンピュータで飛ぶことができる。これは主に学生諸君の功績なのだが、我々の飛行の腕もずいぶん上がってきた。しかしコンピュータの飛行には絶対的に欠けているものがある。我々は何度も墜落するが、決して死なないのである。
――私は、いつか機会があったら、世界で本当に腕の立つパイロットから、操縦の秘術の話を聞きたいと考えていた。本当の第一線を生き延びた方々には、必ずそういうものがあるはずだ。そうでなければ生き延びられるわけがない。――「まえがき」より

 本書は、文字通りの死地を潜り抜けてきたパイロットたちへのインタビュー録。軍用機や民間機のテストパイロットなど、そうそうたるパイロットたちの生の声は、実に読み応えがあった。そして、読み進める中に、航空機がなぜ飛ぶのか----といったことも、なぜ墜ちるのかと併せて(裏返しの原理として)詳述されており、ナルホドなるほどと実に勉強になった。。

 だが「生還したパイロットのほとんどは、生き延びた理由の一つに『幸運』を挙げている。これは必ずしも飛行だけに限らないと思うが、幸運にめぐり合うのも実力の一つであろう」との記述には、深く考えさせられた。空を飛んでいようが、横断歩道を渡っていてトラックに跳ねられようが、いずれも運命か。そして、どれも同じ一生。何がどう生かし、生かされているのか----。

 空を飛びたいという願望は、地上のしがらみから逃れて、自由に、ただ気ままに飛びたいからなのか。それとも、太陽に近づき過ぎて翼のろうが溶け墜死した若きイカロスのように、無意識下に自死の誘惑があるのか。それとも、ただ、あの空を飛びたいだけなのか。真っ青に澄み渡った空を見上げるたびに、最近、そんなことがくるくると頭の中に舞っている。

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