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発行:文芸春秋 (文春文庫) 1994年07月10日発行 定価:500円 |
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自ら、そして他者のボディに対して。ここまで思いが行き届くだろうか。 |
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およそ肉体のあらゆる部分と、あかやわきが、おなら、げっぷといった身体に発するものまで、書きに書いたり99話。初出は『夕刊フジ』に平成2年10月2日〜3年2月10日まで連載されたものらしい(同年5月扶桑社から単行本刊)。当時、筆者は30歳台なかばのはずだが、若きみそらで自らの身体の欠点までも筆にするあたり、さすがにたいしたもの----と思う。 抱腹絶倒の筆頭は「尻」の項。筆者は、電車で席が空いていても座らないという。それは---- ――私は降りる駅が近づいたので、あくびを噛み殺しながら、ドアのほうに歩き出した。すると背後から、「でけえ」という、心底、感心したような、男の子たちの声がした。何だろうと振り返ってみたら、詰め襟の男子学生が、さっきまで私が座っていた座席を遠巻きにして眺めている。 面白い。冒頭の「あか」「二の腕」「太もも」などなど、自らのボディを突き放しつつ、なお愛しささえも垣間見えて、いいなぁ。で、女性には“ミドルヒップ”なるものがあることを、本書で初めて知った。 ――男性にはあまり関係ないと思うが、特に三十歳過ぎた女性にとっては、ミドルヒップがとても重要な部位になってくる。ミドルヒップというのはウエストとヒップの中間のことで、いわゆるへその下あたりの部分である。若いころは問題がないのだが、どういうわけだか歳をとるにつれて、ここに肉がついてきてしまう。若いころはウエストからヒップにかけて、シャープなラインであるのが、それがだんだん丸くなり、ウエストからヒップにかけて、かぼちゃみたいに何となくずんぐりとした体型になってしまう。それをほうっておくと、しまいには浮き袋をへその下にはめたような体型になるのである。 ンン? と読んでみて「なーんだぁ、下腹やん」と思ったでしょ、私も思った。若いころ、ママさんバレーの取材にいって、一様にジャージのゴムの下がプクッと出ているのが、見苦しいような卑猥なような----見たくないなーと思ったのを思い出す。でも、ですよ。歳をとると人は変わるんです。“浮き袋をへその下にはめたよう”なのはさすがに許せないけれど、ペッタリしてるよりはフックラ、プックリしているくらいが好ましいなぁと、近年思うようになった。ミロのビーナスだって、ようく見てごらん、ふっくらしてるから。ある種、成熟の証でもあるんでしょうなぁ。といいつつ、まぁ程度問題だけどねぇ いやはや全編、フムフムなるほどそうだよなーと、女性はこう感じるのかなぁとか。ほんでもってムフフヒヒヒヒと、楽しく面白く読ませてもらった。自他のボディを題材に、よくもこれだけ書くことがあるものだと、感心したしだい。 おっと、本書がなぜ「ことば」の項目にきたのか、それをまったく書き忘れた。 「あばら骨」の項目に、“肋間神経痛”の肋間を六感、だから側頭部が痛いのだと思い込んでいた青年が登場する。 こんな話もある。茶席のエピソード。 ――あるとき先生が、お稽古も終わりのほうになって、生徒たちに、「どうぞ膝をくずしても結構ですよ」といった。すると、綺麗な振り袖を着ている、22歳の女子大生が、「あーあ」と安堵のため息をつきながら、にゅーっと前に足を伸ばし、「まいった、まいった」といいながら、膝をさすり始めたという。列席者の顔がかちかちに、固まってしまったのは、いうまでもない。 私の近くにも愛すべき女史がいる。他のことには結構気配りのできる人なのだが、言葉、それも横文字になるとROMモードになる。つまり、一度書き込んだら、容易に書き換えられない。いろいろあるのだが、笑うわけにもいかず、さりげなく訂正してあげるのだが、2度3度続くと、指摘するのも悪いような気になる。 中でも抱腹絶倒モノは、慣用読みのROM状態。彼女は長年、駐車場を示す「P」を「プー」と読むのだと思いつづけていたらしい。彼女がナビゲーターをして、大阪のど真ん中に行った時、「あのプー、プーの看板の所に停めて」と言われ、途方にくれたことがある。後続車はクラクションを鳴らす、信号は変わりかける。切羽詰って、ン!? と気づいて「もしかしたら、あの青地に白文字の“プー”ですか?」と言うと、「そうよぉ!」との答え。全身の力が、ヘナーッと抜けていったのを昨日のことのように思い出す。 というわけで、本書は「ことば」のコーナーに収録。 |
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