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ことばの処方箋
 
高田 宏 著


発行:角川書店
(角川文庫ソフィア)

1998年08月25日
  初版発行


定価:680円+税

日本語に対する思い、文章を書く姿勢…、フムフムと“我が意を得たり”の心地よさ。だが、嬉しいのはそこまで。結果となると……

 著者は、国語辞書『言海』の著者・大槻文彦を描いた『言葉の海へ』で大佛次郎賞と亀井勝一郎賞を受賞。根っからの編集者にして、ことば扱いの名手…だと思う。だが、待ち合わせの時間潰しに入った斑鳩の書店で、この文庫本を買ったのは、高田宏という名前より、「あとがき」の冒頭の一節に惹かれたからだと思う。

―テレビのドキュメンタリー番組を見ていたら、字幕が出てきた。インタビューに答えて話していたのは外国人ではなく日本人だ。
 何弁であったか忘れてしまったけれども、東北地方のどこかの言葉だった。中年の男の人が、強いなまりの方言で話していた。そのままではテレビを見る人に分からないので、テレビ局で字幕を入れたのだ。
 見ていて爽快であった。共通語のような味もそっけもない言葉を使う気はさらさらなく、この人は生き生きと自分の土地の言葉を話していた。

 同じような場面を見て私は全く正反対の感慨を持ったことがある。
  私の郷里は、琉球弧の島。鹿児島の南300kmほど、沖縄よりは手前にある亜熱帯の島。小学校の時、隣の隣の島が舞台となった映画『青幻記』(というタイトルだったと思う)を学校から揃って観に行った。
  その中で、都会で働いている青年が島に帰ってきた(という筋だったかな?)シーンで、おばあちゃんが孫を相手に話しをする。その時、しっかり字幕がついていたのだ。 耳で聞いて十分に理解できる言葉に、日本語の字幕がつく!
「ガシナー(そうか!)、ワンキャヌ(私達の)ユムタヤ(言葉は)、ヤマトゥジャ(日本では)…」〈疲れるので、以後“日本語”で表記〉―通じないのだと気づき、愕然とした。日本じゃないのか!? と。
 あの時のショックは、スクリーンいっぱいに広がる透き通った海の映像とともに、いまも脳裏にしっかりと焼きついている。
  同じ頃、小学校の先生から「方言で話すのはやめましょう」と鹿児島弁で、共通語を使うよう強制された。その屈辱も、なお心の傷ではある。遡れば1609年に薩摩藩が琉球を侵し、その時から300年近く薩摩藩の植民地として……(と始めると話しが限りなくそれていくので、またの機会に)。

 言葉に関するコンプレックス は、その後30年余り、ずっと剥がれない。問題なのは、まず早口。無用心に喋ると、初対面の人には「エッ?」と聞き返されることがある。人前で話す時、初対面の人と会うときは、「ゆっくり、発音をはっきり」と、心の中で確認する。
  それから、イントネーション。天理の町に住んで26年経つが、言葉は“国籍不明”。本人はそのつもりなのに「関西弁じゃないな。どこ?」と聞かれる…。確かに、元が日本語じゃなかったから…。
 そんな、心の底に隠しているコンプレックスを優しく包んでくれたのが、冒頭に挙げた「あとがき」の一節。高田さんは、本文の中でも日本語の多様さ、土地所の文化や歴史を抱いた方言の美しさを、説いてやまない。言葉に対する見方が、少しく変わったと思う。


―頭の中の考えより、文字文章という具体的なものの運動の方を信じるようなところもあり、どこへ行きつこうといいではないかということもあり、つまりは大変ずぼらのようなところもあり、大変現実的実際的なところもあり、あいまいなところもあり、正確で微妙なところもあるといったものだろう。自分を余り信じないことと、自分を絶対信じることが、ピッタリ貼りついているような気がする―。

 これは、本書中の「ことばの周辺」で引用されている富士正晴氏の文章。さらに本文中の別の場所では高田氏の文章で、 ―或るとき自然に気がついた。書くことに集中しているときは、メモなんかあっても、どんどんそこからはずれてゆく。後もどりはきかない。無理にメモの筋へ戻ろうとすれば―
とも記されている。
 さて、これは“言い訳”の枕ふり。 『ことばの処方箋』を紹介するつもりで書き始めながら、私事に流れ流れて、はやスペースもエネルギーも尽きてしまった。文庫本だし、実に読みやすい本なので、日本語の懐の深さ、豊かさ、力強さを再認識したい人は、買って読んでみて!

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