20001.01.04.



思春期のこころ

三重県立小児心療センターあすなろ学園長
清水将之 著


発行:日本放送出版協会
1996年7月25日第1刷発行
1998年2月10日第4刷発行
定価:825円+税

振り返れば、甘く、苦く、懐かしく・・・・。思春期って、何だったんだろう

 近頃、こころに力が湧いてこない。鬱かなと思う。だだ、しかるべく人に対しては性欲もある、ともあれ夜は眠れる、締め切りの迫った仕事は一応こなしている。
 けれど、やらなきゃと思っている大切な事に手がつけられない、毎朝「きょうはこのまま床に就いていたい。人に逢いたくない」と思う。酒量が増えた。煙草も。たびたび訳もなく、せつなくなり、さびしくなり、気力が起きてこない。 こころが、塞ぐ。昨日、感じていた己の力や存在に対する万能感が、今朝は嘘のように吹き飛んで、人に怯え、事に惑い、焦燥感だけがこころを包む。疲労感が、惨めな気分を増幅する。誰にも、あいたくない。

“思秋期”にはいっているのかもしれない−そう思う。
 40歳の新春、突然「人生の半分は間違いなく過ぎたなぁ」、そう思った。「酒は好き、煙草は手放せない。半分じゃなくって、3分の2は来ているかもしれない」と。 無意識のうちに、永遠に続くかに思っていたに違いない自らの終末が、ふと身近なこととして感じられた。
 人は新しい身体を借りて、再びこの世に生まれ変わってくるという。しかし、前生の記憶が私にないように、来生の“わたし”に今生の記憶はない。とすれば、ある意味で今生は今生限り。歩んだ道筋は魂に刻印されるのかもしれないが、喜びも哀しみも愛した人の記憶も、なにも来生には持っていけない。その意味で、今の生は今の生。

  正月もきょうで終わり。飲み疲れてテレビのスイッチを入れると、懐かしいメロディが流れてきた。神田川。ヴァイオリンのむせぶような響きが、心を揺すった。「若かった あの頃 何も恐くなかった。ただ あなたの優しさが 恐かった」。昭和48年のヒットだという。私は中学3年生。聞いたなぁ、うたったなぁ、いろんな感情が一度に覆い被さってきた。

 小学校3年生からトランペットを持って、トロンボーン、サキソフォンと変わって。吹奏楽曲やクラシックばかりで高校2年生くらいまではフォークも歌謡曲も無縁だったから、この歌に懐かしさを感じるとしたら、大学に入ってからの記憶だろうか。ピアノに挫折し、フォークギターに懲りて、友人のつまびくギターでいつも歌ってた。サボテンの花とか、君の瞳は一万ボルトとか、遠い世界にとか・・・・。

 あのころ思い、語っていたのは、「大人は汚い」「この鋭敏な触覚を、摩滅させるまい」「とんがったままで、生きていこうよ」。細く、長く、敏感だった触覚は、どうやらかなり摩滅してしまったようだ−と、いま、思う。「目的のため」「与わったしごとのため」と自らに言い聞かせつつ、確かに、胡麻も擂っているように思う。自己嫌悪。

 名曲『神田川』を作詞した喜多條忠氏が、NHKテレビでこう語っていた。「誰もがみな一つずつ、こころに思い出の樽のようなものを持っている。『神田川』は、私の樽からこぼれ落ちた、滴(しずく)のようなもの」と。30年の歳月を超えて、この曲を、いまも若者たちが歌っているとも聞いた。すばらしい、力。『神田川』のメロディと歌詞は、私の心の樽を揺すり、たくさんの思い出を蒸散させた。思い出にむせ、悔恨にこころ突かれた。俺はいま、何をやっているんだろう。

 我が子が思春期の森の中で惑う頃、親父やお袋は思秋期に怯えている。わが人生を振り返り、意味を問い、これから歩み行く道筋を思う。思春期に抱いたような、何でもできる可能性や期待は、思秋期にはない。鬱々とこころ痛む。

 書棚を眺め、一冊、取り出した。もう20年も向き合っている、思春期の心理とからだ。そう、若者とは何かを、それこそ若者の時から問い続けてきた。その中で、無数ともいえる教示を受けた一書がこれ。著者は大阪大学医学部・大学院卒。著書に『家庭内暴力』『青年期と現代』『青年期の精神科臨床』などがある。『青い鳥症候群』には、ずいぶんとお世話になったなぁと、思い出す。

「いまどきの若い者は・・・」というフレーズは、4000年前の古代メソポタミアの粘土板に楔形文字で刻まれているという(と学生自分に書いたよなぁ)。清水氏は、終章でこう紹介する。

 まだまだたくさんの語りが残されている。2、3紹介してみようか。
  若さとは狂気の一端をなす(アラビアの諺)
  少年時代と青春時代は過ちと無知に過ぎない(ヴィヨンの遺言状)
  若者の良識というのは、春先に張った氷である(リヒテンベルグの箴言)
 数千年にわたって非難されつづけるほどに、若者が年々駄目になってきているのであれば、 人類はもうとっくに滅びているであろうに。

 無難に無為に打ちすぎては、見えないものあがる。本書は、不登校、拒食症、対人恐怖、事故臭症、うつ、ボーダー、分裂病などを通して、思春期とはどんな年頃か、学校・家庭・おとなはどう対するのかを精神科医としての長年の経験を交えながら、分かりやすく指し示してくれている。

 はてさて、思秋期は? 思秋期は思春期の課題と、ちょうど反対なのでは? そう思う。
 そして、よく似ている。子ども達の惑いや苛立ちの中に、処方箋が見えてくるかもしれない。

 

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