い の ち の扉

 心がけが悪いのか、お徳がないのか、それとも天の神様に好かれているのか、病気とはお友達みたいなものです。急性中耳炎から慢性中耳炎になって、熱を出し、痛みに苦しんだのは就学前。腰の骨が外れたのが(第5腰椎分離症)が高校2年の夏。以後、まぁ、いろいろ。

 初めて手術と入院生活を経験したのは、二十歳の夏。ベッドの上に身体を固定されて3カ月。 入院中、いろいろな人生を垣間見ましたっけ。17歳の綺麗な女性が、彼のバイクの後ろに乗っていて事故に遭い、太腿から下を切断。静まり返った廊下から、低い忍び泣きが聞こえてきた夜を覚えています。生命や医療、医療に携わる人に関心をもつようになったのは、多分そのせい……。

 因縁というんでしょうか。大学を出て就いた職場で、医療の現場を取材し、活字にするようになりました。医療を施す側、医療を受ける人、先端医療の現場・・・・。懸命に生き、働き、求める人の姿を見つめ続けてきました。

 その間に、入院2回。病む人のこころ、患者の思いを忘れたころに、それはやってきました。意のままにならぬ我が身に、“生かされて生きているんだ”と、あらためて実感できたことを、いま、いい経験だったと思えます。

 医療の進歩は、たくさんの人に救いをもたらしと、確かにそう思います。私自身、医療のお陰で、こうしてキーボードを叩くことができるのですから。

 しかし、その医療が人の存在や生きる意味そのものを脅かしかねない事態となりつつあるのも、また事実です。以前のように、医療、科学を手放しで受け入れるわけにはいかなくなってきたと、そう実感しています。

 医療、いのち、生きる意味・・・・。じっくりと見つめ、考えていきたいと思います。 《Taka》

 

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