00.09.24.


脳治療革命の朝
脳死寸前からの劇的な生還

柳田邦男 著



発行:文芸春秋

2000年3月1日第一刷


定価:1,857円+税

「脳死とは何だろう?」という問いが、読み進める中で、何度も何度も浮かびあがってきた。脳死寸前からの“生還”。感動的な命のドラマの数々に、救えたかもしれない無数の“脳死”あったはずだと----

 私は、涙腺が弱い。学生時代、彼女と映画を見に行った。『ジョーイ』というタイトルだったか(?!)、白血病の少年とフットボール選手の兄との兄弟愛。「しまった!」と内心思いつつも、ストーリーの進展につれて、鼻がグズグズ。クライマックスでは、大雨で決壊した河川状態。そこに、余韻もへちまもなく、いきなり場内照明がパッと点灯し、慌てて「メガネが〜!」と、眼鏡を拭くふりをして、目じりや鼻をフキフキ。彼女には、初手からすっかり弱みを握られてしまった。

 振り返れば、これは遺伝。テレビの時代劇を見ながら、鼻をグズグズするような父親をもった我が身の不運。気が付けば私も、水戸黄門の終盤あたりですら、アブナイ。あるいは、人の生き死や、懸命けなげに生き抜く若者の姿に、ウルウル----。“涙腺指数”が高まるケースを類型化しようと試みたこともあったが、無駄な努力だと諦めた。シドニー五輪の日本対ブラジル戦に涙し、篠原の悲運に泣き、失踪していた部下の無事な姿を発見して胸が詰まる----。あー、あたしゃ泣き虫や。

 そう開き直った“泣き虫”、本書ではクリネックスのティッシュペーパーを1箱、空にするほどに泣かしてもらいました。『生還』という言葉、いな「事実」には胸に迫る力がある。そこに、懸命に尽くす医療従事者たちの“聖職”と呼ぶに相応しい態度、思い、献身。泣いて、鼻水をジュルジュルすすりながら、何度「人間って素晴らしい!」「命って、美しい!」と心中に叫んだことか!!!!

 書名は「朝」と書いて、「あした」とルビがふられてある。脳治療の新しい時代の始まり、夜明けを意味しているのだろう。と同時に、交通事故や転落事故などによる頭部外傷、くも膜下出血などといった脳内疾患で、これまでは打つ手なく“脳死”になってしまっていた人々の命ををも救いうる「未来」をも、期待と喜びをこめて名づけたのだろうか、と思う。

 筆者は「超有名人」。NHK出身のノンフィクション作家。事故や公害、災害、戦争、病気、医学など科学・技術の最先端を追いながら“現代人の生と死”を追い続けている。1993年、子息を亡くし、脳死状態からの死を看取った後に取り組んだのが、「脳低体温療法」。本書のテーマである。

 それ以前、氏は脳死臓器移植に、関心をもっていたと記憶している(浅学の過ちであれば、お許しを)。レシピエントに視点を当てていたスタンスから一転して、もう一方の「救えるはずの命」、つまりドナー予備軍に対する医療、科学、人間模様にスポットを当てたのが、本書である。

 本書の「あとがき」で、氏は次のように記している。
 NHKの友人たちは、----重症脳障害患者の救急医学の最先端や脳死問題について取材を続けた。その取材のなかで彼らは、日本大学医学部附属板橋病院救命センターの林成之助教授(のちに教授)が脳低体温療法という新しい脳蘇生の治療法でめざましい成果をあげつつあることを知った。従来の治療法では救命は無理と見なされ脳死になるのを防げなかった患者を、その一歩手前で「生」の側へ引き戻す道を拓いた脳低体温療法は、彼らにとって取り上げないわけにはいかないトピックスとなった。

 また、表紙カバーの内側には「著者の言葉」として、こう記されている。
 脳の神経細胞は再生しないなどというのは、いまや誤った古い医学の通念に過ぎないことを、劇的に生還した患者たちが証明しつつあるのを実感する。私は体験した感動のすべてを読者に伝えたいと思って、この作品を書いた。

 なかに、北海道で極寒の海に転落し、30分も海水に浸かり、心蘇生に1時間もかかった10歳の少年が、何の後遺症も残さず「奇跡の生還」をとげた【事実】も、収められている。感動、感激、驚き----。このケースで注目すべきは、ヘリコプターを使った救急搬送と、脳低体温療法の導入! 事故現場から治療のできる病院までの直線移動距離は60kmで、救急車なら通常1時間15分以上かかるという。それをヘリは23分で疾駆した! 脳死臓器移植法成立後のドナー第一号となった女性が、四国の山間の道を亀のような救急車で運ばれ、臓器となってリアジェットとヘリで運び去られたケースを思う。そして、整備された欧州の救命ヘリの活躍を思った。

「脳死」とは、と問わなくてはならない。何度も、何度も。脳死は、臓器移植を前提とした時だけに認められる、特別な死、人為的な死。臓器提供の場合のみ「死者」とみなされ、そうでない場合には、生きている患者として対さなくてはならない。だから、脳死判定基準に合致する状態であったとしても、提供目的以外で胸を切り開いて心臓を取り出せば、その医師は間違いなく殺人罪に問われる。脳死って、何だろう?

 脳死・臓器移植に関心のある人には、次のサイトの一読をお勧めしたい。
http://www.v-net.ne.jp/~pikaia/

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