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1975年1月30日第1刷発行 |
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“金属の塊”がなんで飛べんねん!? 乗っている時には考えないのに、着陸間近のジャンボジェットの巨体を、真下から間近に仰ぎ見た時にそう思った |
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空の向こうに星明りのようだった着陸灯が見ている間に近づき、頭上を圧するように巨体が滑る。一瞬遅れて頭上に覆い被さってくる轟音の中で頭を巡らせば、滑走路を車輪が叩き、黒煙が噴き上がる。そして、エンジンをリバースする轟音が辺りに満ちる。 着陸する旅客機を間近に、真下から見ることができる空港は、国内にそう多くはない(教えないよー! でもファンなら知ってるね。名古屋と…)。学生時分から、幾度、ここに足を運んだろう。いつも、誰かしら他に人がいる。中にはラジオで航空機と管制塔との交信を傍受しながら、来る飛行機を待つ人も。「みんな好きだなぁ」と、そう思う。そう思う私自身、日がな一日眺めていても飽きない。 南西諸島の生まれなのに、からきし船がだめ。小学校6年の時の修学旅行が、隣の島。東シナ海と太平洋のあわい、わずか数時間で立派に船酔い。その夏、初めて奈良までの長旅。往路は鹿児島まで(一晩!)が船で、後は初めての列車の旅。アドレナリンが噴いて酔わなかった。けれど疲れきった復路(だってかの大阪万博にも行って)、大阪港から36時間!。ほとんど、床から頭が上がらなかった。吐いて吐き尽くして、黄水も尽き、やがて何も出なくなって、このまま死んでしまいたいと思った。「なんで島に生まれたのだろう!?」 そんな船旅のことなど夢想だにせず、天理高校に進学。そして3年間、夏・冬・春休みと年に3度は、日本列島の半分ほどを船旅。その度に、船底で洗面器を抱きながら、同じ呪詛を繰り返した。大阪湾(or神戸港)から紀伊水道まではいい、四国沖の太平洋に出た途端、船は正直に揺れ始める(と、これを書きながら、いきなり酔い始めた。ウップ;;)。 大学に入って、“スカイメイト”なるものがあることを知った。空席があれば、半額でYS11に乗せてくれる! 以来、帰郷は空の旅になった。友人によく「怖くない?」と聞かれる。「落ちたら、落ちた時やん!」と私。相手は分かったような、分からないような顔をする。でも、これ本音。27時間(船も速くなったからね)、船酔いと格闘するくらいなら、私は博打を打つ。 だから、飛行機が無条件に好き(好き嫌いに、あまり条件はないとも思うが)。そして、おかしなもので飛行機では酔わない。エアポケットで数100メートル落ちようが、乱気流に揉まれて周囲の人が反吐を吐いていようが、いっこうに構わない。落ちたら、落ちたとき。それに、揺れが10時間以上も続くことはない! と、そう自らに言い聞かせつつ、心のどこかに不安があったのかもしれない(鉄の塊が、空を飛ぶわけないやん)。書棚には、航空機に関する書物が、やたら多い。「飛行機がなぜ飛ぶか」「現代の航空機は、いかに安全か」……そんなことを、知りたかったのかもしれない。 本書の初版は1975年。しかし、内容は十分、いまに通用する。だって、最初に登場する旅客機がかのB747ジャンボジェット(ジャンボの商用航路就航は1970年だから、もう30年間も旅客機の王者を独占し続けている)。世界の空は、そう大きくは変わっていない。 しかも、15年間で27刷! これは内容の確かさと、分かりやすさを示していると思う。いわばベストセラー。読む価値はあると思う。私自身、理解力がないのか、一読して分かった気になりながら、もう幾度読み返したことか。おもしろいよ と、これで終わっては、あまりに愛想がない(私事が多すぎた)。 あと少し、本書を紹介。 ――列車や自動車には車(車輪)があり、船には推進のためのスクリューがある(ウップ)。もし故障すれば、たんに止まったり、静かに海面に浮かんでいればよい。だが飛行機はそうはいかない。鳥は飛ぶことをやめれば落ちる。飛行機もそうである。飛行機が支えのない空中にあるのは、それが飛んでいるからである。 たいした自信ではある。 著者は1917年滋賀県生まれ。京大理学部数学科卒、東大工学部航空学科に学ぶ。応用数学および空気力学専攻。国産唯一の旅客機YS11の計画に参加。国立公害研究所長を経て、東大名誉教授、日本学術会議議長を歴任。 ところで、あのジャンボ、何トンあると思います? 本書によれば350トン以上! 何で飛べるんでしょうねぇ!あんな重いもんが!?……そう思う人は、本書を読んでいみて。テェシタモンダワってか? |
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